■農業ブログ(楽園ぷろじぇくと)■

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 楽園・・ドミニカ移住計画

<<   作成日時 : 2006/06/07 09:36   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 1

画像☆明治時代に開拓されたのであろう、旭川郊外の農村。この地域を開拓した先人もそれこそ血の滲むような生涯であったろうことは想像に難くない。ドミニカと違い冬は作業が出来ない地域だからね。人生は選択の連続だけど、ちょっと辛い話題ですね。國を提訴せずに、すむ人生がベストかどうかは別にして、心して選択をし続けないといけませんね。

昭和29年にドミニカ移住計画があったそうだ。

http://homepage3.nifty.com/ima-ikiteiruhushigi/sub39.html


日本中に開拓村とか地域が遺されている。大部分は満州や朝鮮からの引き揚げ者が入植したと聞いている。我が家の周辺にも何カ所かの開拓地域が存在している。たぶん、三代目から四代目になっているから殆どの人達は開拓村であったことなど知らないであろう。
栃木や群馬にも開拓村が残されている。那須の原には到るところに開拓が存在している。知りうる範囲では、当該地域は畜産農家が多い。瓦礫と火山灰土壌ゆえ、畜産に目を向けた先人が存在したのであろうか?

そんな開拓の目が諸外国に向けられた。その一つがドミニカであった様子。
18haの肥沃な大地がうたい文句。農地解放政策( http://www.tabiken.com/history/doc/O/O157R100.HTM )により地主層が保有していた農地を国家が買い上げ、安価で小作人に払い下げられた。
それでも、600万人からの帰国者を受け入れる大地が不足していたのであろう。先のフジTV系列のサイトにも記してあるが、問題が山積していながら自国民を窮地に出向かせた国家の責任は免れることでは無い。憲法は国民に対して存在しているのでは無く、国家に対して存在している。外務省も国家の一機関であることは云うまでも無い。

提訴に対し、契約したのは財団法人であったから國は関係ない!と主務官庁は云っているそうだ。役人の立場上、即 認めるわけにはいかないのであろうが、詭弁に過ぎないのは明らか。

楽園が氣になって記事を追いかけてみた。便利と豊かを追求するのが時代の意志の中で育った。楽園も青い鳥も足下に存在していることを実証したいと願う朝。

追記原告の訴えは、時効により敗訴となった。
判決の中では國の怠慢を認めたようだが・・・・。

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
ドミニカ人は陽気なことが実証されました
今日は仕事で変なメールがCCで入ってきた。 ...続きを見る
日本サッカーホールディングス
2006/09/02 08:58

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
http://7b1cc0008bc1f17d1f09c743b711cc87-t.dh4t5gef.info <a href="http://7b1cc0008bc1f17d1f09c743b711cc87-h.dh4t5gef.info">7b1cc0008bc1f17d1f09c743b711cc87</a> [url]http://7b1cc0008bc1f17d1f09c743b711cc87-b1.dh4t5gef.info[/url] [url=http://7b1cc0008bc1f17d1f09c743b711cc87-b2.dh4t5gef.info]7b1cc0008bc1f17d1f09c743b711cc87[/url] [u]http://7b1cc0008bc1f17d1f09c743b711cc87-b3.dh4t5gef.info[/u]
Earl
2007/01/18 02:24

コメントする help

ニックネーム
本 文